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18.11.2020 | 歴史

近代日本と軍部 1868-1945 (講談社現代新書)

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発行元 井上寿一 .

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    商品基本情報

    • 著者:  小林道彦
    • レーベル:  講談社現代新書
    • シリーズ名:  近代日本と軍部 1868ー1945
    • 発売日:  2020年02月13日
    • 出版社:  講談社
    • 商品番号:  4310000066899
    • 言語:  日本語
    • 対応端末:  電子書籍リーダー,Android,iPhone, iPad,デスクトップアプリ

    エディションノート


    「近代理性の象徴」のはずであった組織はなぜ暴走したのか? 明治維新から太平洋戦争敗戦による崩壊まで、一人で描ききった超力作!


    戦前日本の歴史とはある意味において、相次ぐ戦争の歴史でした。といって、日本が明治維新以来一貫して軍国主義路線を取っていたわけではありません。しかし結果として、後世の目から見るとそうみなさざるを得ないような「事実」の積み重なりがあることも、やはり否定することはできないでしょう。

    では、このような「意図」と「結果」との大きな乖離は一体なぜ起こったのでしょうか。

    明治憲法体制とは、極論すれば大急ぎで近代国家の体裁だけをこしらえた、「仮普請」にすぎませんでした。そのことは伊藤博文をはじめとする元勲たちもよくわきまえており、伊藤などは折を見て、より現状に即した形での憲法改正にも取り組むつもりでした。

    著者によれば、明治憲法体制の改正が唯一可能だったのは、その起草者である伊藤が憲法改革に取り組もうとし、また軍部自体もその必要性を認めていた日清戦争後の時期しかなかったということです。しかし日露戦争での奇跡的な勝利により、この改革への機運は急速にしぼんでしまいました。またその後、桂太郎、児玉源太郎、宇垣一成、永田鉄山といった近代軍の「国家理性」を体現したリーダーたちがあるいは早世し、あるいは失脚し、暗殺されるという不運もありました。そしてついには軍が政治を呑み込み「国家」自体となるまでにいたります。東条英機が首相のまま複数の大臣を兼任し、さらには陸軍相、参謀総長を兼任するまでに至ったことは、まさにその象徴と言うことができるでしょう。

    「仮普請」でしかなかったはずの明治憲法体制が、政治リーダーの世代交代を重ねるに従って「デフォルト」となり、次第に硬直化してゆく。当初、政治の軍事への介入を阻止するために設定されたはずの「統帥権」が逆に軍が政治をコントロールする道具になってしまったことなどは、それを象徴する事例でしょう。組織としての宿命とはいえ、改革の機を逸した代償はあまりにも大きかったとやはり言わざるを得ません。

    本書では、歴史を後付けではなく、極力「リアルタイム」で見ることを目指し、近代日本最大のパラドクスである「軍部」の存在の謎に迫ります。

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この本は、明治維新から、敗戦までの戦前の陸軍をわかりやすく、解説した本ですね。
本当に筆者が苦労しながら、書いた大労作なので、なんで、日本が日米戦に突っ込んでいったかのかを、陸軍の立場から、書いた、流れのある本なので、読んでみください。涙がでますね。
基本的に、「山県有朋、桂太郎、寺内正毅、田中義一、宇垣一成」の5人が軍人政治家の正統な継承者であったので、この5人をしっかりと抑えて、見ていくと、戦前の陸軍の誕生と滅亡がわかりますね。
私も、戦前の陸軍は、抑えていきたいと思って、陸軍大将の経歴の本を読んでいましたが、面白くなくて、諦めていました。
しかし、この本では、しっかりと、高校日本史を抑えた人間なら、流れで、わかりやすく、戦前の陸軍の事をバランスよく書いているので、とてもお薦めですね。
個人的な感想言えば、なんで、日米戦争になった理由は、3つほど、あると思います。
第1は、国民の多数派がラジオや新聞で煽られて、日米戦争を支持した事です。もし、当時の国民が100%反対だったら、東条英機でも、戦争は無理でした。なぜなら、誰も、戦争に行かないで、革命が起きていたでしょう。日清戦争、日露戦争、第一次大戦のアジアの地域的な勝利の3戦の勝利で、敗北を知らなかった国民や世論が、アメリカに勝つなどと、想像力がなく、バカだったのです。敗戦になって、軍人に責任を押し付けていますが、当時の国民の多数が一番、反省をしないといけないと思いますね。この事を書かない本が多いですね。まあ、当時の子供は、わからないので、責任はないかもしれませんね。
第2は、1931年に3月事件や10月事件など、5.15事件や2.26事件以前にもクーデターが起きているのに、首謀者を時の総理大臣と陸軍大臣が処罰しなかったことです。首謀者を、処罰しないので、下克上みたいな雰囲気が生まれて、軍が暴走し出します。特に、1931年の満州事変を起こした石原莞爾や板垣征四郎を厳しく、処罰するべきでした。
第3は、1921年に原敬・総理が暗殺されたことです。この国際協調路線で、経済政策もでき、選挙に強い偉大なリーダーを失った為に、一気に、日本の政治と陸軍は、おかしくなっていきますね。原敬は、英米と友好関係を結ぼうとしていた人間ですから、こういうバランスの取れたリーダーが暗殺されると、誰も国をまとめられなくなりますね。